神の光 2023年2月号巻頭言 命のいとなみを

新年が明けたと思ったのも東の間、早二月の声を聴く。前の元旦祭で「新玉の年立ち返る⋯⋯」と副教主さまが凛々しく透き通った御声で祝詞を奏上され、天下泰平・五穀豊穣・万民の幸福を祈られる。明け方、東天の空が朱に染まると、やがて初日が現われ出でて来る。新型コロナウイルスの感染が第八波の渦中にあり拡大が懸念されるが、天候は寒さ厳しくともいたって穏やか。日本海側の人達の記録的な大雪の被害には心は痛み申し訳ないが、元旦から七日の松の内を過ぎても好天が続くと、これにあやかる訳ではないが、今年の世相も安定に向かうことを切に願う。

二月立春といえば、節分豆撒きが連想される。今年も路地を歩けば、どこからともなく「鬼は外、福は内」との声が聞こえてきそうだ。因みに豆を撒くのは、鬼の目をつぶすも、「豆」の音が「魔滅」に通じて、魔を滅するからともいわれているが、教祖さまは、災難を「外に見たるが神道のあやまり」と仰せられ、先ずは内(心)に巣食う鬼を退治せ仰せられている。いわずがな、おさとしにもあるように、「天地海めぐる月日の心しれ昔も今だ生はかわらん」のお歌の意味を感じ取り、親神さまの御たんせいくださるご加護の中に「今ここ」に命があるのであれば、自ずと生かされている感謝の思いも生じ、心もカラッと明るくなって、毎日が「日の良し悪し、方位方角の暗闇はなし」で「日々是好日」となる。「鬼」は「陰(おに)」。姿が見えず災いや病をもたらす得体のしれない悪しきものと忌避される。教祖様は、これを人の心に巣食う恨みや憎しみ、怒りや嫉妬しといった不平不満、邪まな心をさして言い得て妙、「悪気黒玉」といった。外にも「地獄極楽みな身の内にあり」とのおさとしがあり、また、「こころえたがえは身をほろぼす」ともある。しかしまた、「天明海天(=親神さま)のお光をいただくときは苦労はなきものなり」ともあれば、信心堅固に努めて世相の乱れに惑わず、難苦に怖気ず、一日一日「和合たんせい」を心がけて前向きに日送りしたいものだ。有限の命であればなおさらに。