神の光 2023年12月号巻頭言 親心

NHKの首都圏ネットワーク等のニュース番組の中に「STOP詐欺被害!私たちはだまされない」というコーナーがある。その内容は特殊詐欺の巧妙な手口の様々な事例を紹介して、いかに詐欺に引っかからないように対処するかといった注意を促すものであるが、どこかに自分にはありえないと他人事と思っていたら、実際に身近な人の身に電話がかかったことに正直驚いた。幸いに警察にも相談し、本人との連絡も取れて事なきを得たが、誰にも起こりうることなのだと思わざるを得なかった。

手口は、医師を名乗る男から電話があり、あなたの息子さんが咽喉に出来ていた腫物が破けて膿が気管をふさぎ緊急搬送されて来た。手当を施し、二〜三日は入院させるという。突然のことにて気が動転するのはやむを得ないことだが、その後直ぐに追い打ちをかけるように、今度は本人のふりをした人物から電話が入る。思わず「大丈夫か」と尋ねると、かすれた声で「その時にバックを置き忘れ、会社の大事なものを紛失した」といい、続けて「退院したら処理できるので、何とかお金を工面してほしい。頼めるのはお父さんだけ、自分の落ち度になるから決して誰にも言わないで。携帯も盗まれた」という。冷静に考えれば入院中に多額のお金がいるなど、おかしな話であるが、子供の一大事と思えば、親はいてもたってもいられず、「ただ助けたい」との一心にとらわれる。見返りを求めぬ「親心」が強ければ強いほど、ある意味罠に落ちやすいことを痛感するとともに、人間の真心=親心を弄ぶ卑劣な行為に怒りが込み上げてくる。

親心といえば、過日歌舞伎俳優の市川猿之助さんの初公判が開かれた。自殺を決意するきっかけは週刊誌にパワハラやセクハラをしたとの記事が掲載されることを知り、「歌舞伎はもうできない。死んだほうが楽だ」との思いだった。事件当日の夜にその旨を両親に話すと「舞台はどうする」などと自殺を引き留められるが、「決意は変わらない」と猿之助さんがその思いを伝えると、母親が「あんただけで行かすわけにはいかない。私らも一緒に行く」といってあのような悲しき事件の結末となった。「世の中におもいやれども子を恋ふるおもひにまさるおもひなきかな」の和歌が心に染み入る。

あらためて我が身を振り返り、「親心」の有難さを噛みしめたい。ただただ報恩感謝。