神の光 2022年11月号巻頭言 欲なされ
人が生きていく上で厄介なものの一つに「欲」がある。広辞苑を引くと、「ほしいと思う心。むさぼりほしがる心」とあり、諺にも「欲と二人づれ」「欲に頂なし」「欲に転ぶ」「欲に眩む」「欲の皮が張る」「欲の態鷹股を裂く」「欲を言うと」「欲をかく」等々がある。欲に目が眩み、欲の皮が突っ張ると、欲に頂なしではないが、欲に際限はなく欲に縛られて自分を見失ってしまう。先人の戒めの知恵として「少欲知足」の言葉がある様に、欲を少なくし、あるがままに足るを知ることが肝心で、教祖さまは根本的な生き方の姿勢として「しまつ、つつしみ、たしなみ」の大切さを説かれている。
教祖さまの御逸話に馬を売った時の話しが残っている。教祖さまを信奉する人が日増しに増え、信心が盛んとなって農事を減らさねばならなくなり、その時分、飼っていた馬も世話が仕切れなくなって馬喰に売ることとなる。交渉に当たった教祖さまに馬喰は足元を見るのか、相場とかけ離れた安値を付け、拳句にそばに置いてあった作ったばかりの鞍までつけてくれと言う。教祖さまは馬喰の言いなりのままにただ一言「ああいいよ」と返事をする。後で家の者が「あまりに欲がない。鞍だけでも馬の値段を超えるのに」と歯噛みすると、教祖さまは「儲けために売るのではない。世話が仕切れないから売るんだよ。馬がいなくなればいいんだよ。」答えられたという。いらないものでも売るとなると少しでも高く売りたいのが人情というもの。しかし経験値として、欲をかいたあまりに御破算になったり、後味の悪い思いも欲のかきようによってはついてきかねない。欲に頓着せず、事の本質を見抜いた教祖さまの態度に只々感服あるのみ。
過日、新宿落合の斎場でT氏の神葬祭を務めさせて頂いた。享年八十九のこの方、頭脳明晰の上に温厚篤実、大手の電機企業にもその才能を見込まれ執行役員として招かれる。しか利潤追求のみ優先の体質が性に合わず他の企業に転身する。ここでは役員の定年制がなかったが、後進の育成に力を注ぎ、自らが定年制を引いて後進に道を譲り退職したという。権力欲、名誉欲等一切の執着から離れたその引き際は見事というほかはない。その人の晩年、凱敵の今に心を置いて色々の趣味を嗜み、夫婦愛も豊かに過ごされた。羨ましい限り。