年間行事

元旦祭 1月1日

水祭 4月第一日曜日

丸山教水祭 029.jpg水祭について

3月に入ると、大地は日増しに強まる陽光に暖められ、木々の芽や草花の蕾は待ち望んでいたように大きく膨らみはじめます。この時期になると、各地において農耕儀礼がいとなまれ、本教においても「水祭」が斎行されます。
 
水祭が初めて行われたのは、明治16年(1883年)旧3月3日です。旧3月3日は、海の大潮の日で、家庭では雛祭りを行う日であります。
 
水祭は、その文字の示すとおり水の祭りです。教祖様がこの日を選ばれたのには、次のようないわれがあります。
 
この世の中の万物の生成は、すべて親神様の御たんせいによるところでありますが、中でも生命の基本的な生成は「火」と「水」の御たんせいであります。人間を始め動植物体は、その体内に70%~90%もの水を含有し、生物の生存上欠くことのできないものです。水のないところに万物は生まれませんし、日(火)のないところでは生命は育つことができません。ゆえに教祖様は、火水の御たんせいを親神様の親心(御たんせい)の根元とみなされて、干満の差が一年で一番大きい、即ち水の動きが一番大きな海大潮の日を水の祭りの日と定められたのであります。
 
なお、この3月3日は、昔から雛祭りとして祝われて来た日であります。雛祭りは、もともとは平安貴族の子供の雛遊びと、3月最初の日に、人の罪や穢れを人形に移して海や川に流した、流し雛とが結びついたものとされています。現在の雛祭りは、女の子の祝いとして行われ、将来その子が母親となり、子供を産み育てて幸福な家庭を築いていけるように祈念するお祭りになっています。
 
丸山教においての雛飾りは、一般の飾りとは少々違っております。普通は一番上に内裏様、次に三人官女、そして左大臣、右大臣といった順に飾りますが、教祖様は、人の命のつながり、一天一筋の道を重視され、親への孝養として、一番上に元の父母の高砂の翁、次に内裏様という順で飾ります。これは、私達が今あるのは、「先祖から連綿と続いた大切な命」を継承している、ということを改めて自覚するためにおさとし下されているのであります。
 
また、教祖様は、水祭を種子蒔きの祭りとも仰せられています。この季節、寒い冬の間じっと眠っていた種子が大地に蒔かれると、暖かい日差しと水の力を借りて一斉に芽を吹きます。教祖様は、
 
「海、母親にまちがいなし。天は父親。人は地に住む、地は宝、五石は地に蒔く。木かや草木虫獣も、みな自然にわくものというなれど、みな月日の陽気でみのるもの」
 
と仰せられ、この火(日)水(月)の御たんせいを感謝し、秋には一粒万倍に実って取り入れができますようにお願いするお祭りでもあります。
 
教祖様は、このようなわけで火水和合の御たんせいを、親神様の御たんせいの象徴として、海大潮の日、雛祭りの日をもって、水の祭り「水祭」を行うことに定められたのであります。

富士登山

画像 010.jpg▼富士登山について


富士山を教祖様は、「長十山(おさとやま)」とも「心の山」ともいわれています。長十山は、一言で申せば、心(たましい)の故郷(ふるさと)、亡くなればたましいが帰る親里ということです。たましいが高い山に帰るという信仰は、日本人が持っていた大昔から伝わる信仰形態でもあります。

ちなみに、

「富士の山 登りて見れば何もなし 善きも悪しきも 我心(わがこころ)なり」

というお歌が、富士南経(ふじなんきょう)や富士講のお伝えの中にみえますが、「天明海天、天明海天」と御神言を唱えながら一心になって登山し、御頂上で天拝式を行うと、不思議と雑念も祓われて、

「富士の山 雲霧晴れて四方までも 玉の光に あうぞ嬉しき」

のお歌の如く、天地自然との一体感がもて、祖(おや)の松霊(おみたま)にあえた思いになることができるのです。善きも悪しきも我心なり、の心が実感でき、「長十山」といわれた意味も感じ取れます。

心の山は、御神前に掛かっているお日の丸の掛け軸の「」のことで、教祖様が「心」という字をお開きされたものです。富士を描く時は三峰富士「」が一般的ですが、丸山では「」と書くところから、心富士(しんふじ)、心字富士とも呼ばれています。

富士山は、私達にとって信仰の山、心のよりどころとなる山です。各地から見える富士は、世情の善悪、美醜を超えた気高さや美しさを誇っています。時には、雪をかぶった真っ白な富士を見て、「あの頂上に神がいる」と思われた方も多々あるかと思います。

教祖様は、この富士山八合目で、明治7年に、富士入定の決死の大行をなされて大悟され、信心の道筋を定められております。そのような意味では、富士登山は教祖様のそのご修行跡を偲ぶ登山でもあります 。

松霊祭 8月15日

松霊祭.JPG▼松霊祭について


松霊祭は、親神様(元の父母様)、祖先代々、今は亡き家族親族のみたまをお祭りする大切な祭事です。


「丸山は親をたずねる信心」ですから、日の一つに帰一した、これを長十帰り(お里帰り)といいますが、先祖代々のみたまも神と仰いで、その親心に感謝し、それに報いる道として和合たんせいに励み、四海兄弟仲睦まじく楽しく暮らすことを本願とする信心です。

実は、祖先代々の御神霊を神と仰いで信仰することは、日本人の古くからもっている信仰です。世間一般でも、8月15日に行う盆会を旧盆といい、7月のお盆を7月盆とよんで日本全国いたるところで先祖祭りが行われています。地方によってはその中間の8月初旬に行うところもあります。

この習慣は、日本人の先祖崇拝に仏教の盂蘭盆会があわさったものです。盂蘭盆会は、釈迦の高弟で神通力第一とうたわれた目連という人が、餓鬼の世界に落ちた母親の霊を弔う為に、僧侶が一所に集まって修行する夏安居の終わりの日、これが7月15日にあたったのですが、僧侶に供養を施しその功徳で救われたという話が始まりです。これが中国から日本に伝えられ、旧の7月15日が新暦に改められて、一月遅れの8月15日として一般に定着しました。

松霊祭の松霊は、「みたま」とあてて読みますが、音は「しょうれい」で精霊から来ています。精霊は、肉体または物体から開放された自由な霊。死者の霊魂といった意味があり、当然お盆の行事は、死者の霊を祭ることにあります。

しかしその意味は、目連の話のように、地獄や餓鬼の世界といった苦の世界からの救いにあるのではなく、丸山教においては教祖様がお開きしなおされて、先祖に対して今あることを感謝する報恩の祭りとしています。この点において先祖を祭ることは同じでも、その祭る意味において大きな違いがでてきます。

教祖様は、すべての命は親神様の御たんせいによって生まれてくるものと仰せられています。大きな生命体から分け松霊されてこの世に生を受け、当然死ねばまたその大きな生命体へ帰ってゆきます。生死ともに親神様の御たんせいによるものと心得、弱いものほど助けたいと思う心を「親心」と受けとめられています。

そこには、悪行をなせば地獄へ落ちるといった考えは微塵もありません。この世での善悪をなす事も、死ぬときはすべて親神の大慈悲、親心の元に赦されると確信されています。

どうか松霊祭を通して、先祖の松霊を偲ぶ中で、思議出来ぬ大きな命のつながりに気づいて頂き、しっかりと自分の人生、今を生きる誓いを立てて下さい。その親心に報いる大切な報恩の証しになる事と思います。

雑事にとりまぎれ自分を見失いがちな日々の生活の中で、日長一日松霊にむかって今日ある事を偲んで頂ければ幸甚です。

泰祭 11月23日

泰祭斎官.JPG▼泰祭について


丸山教では、春は「種蒔きの祭り」として水祭を、そして秋は「収穫の感謝の祭」として泰祭を盛大に斎行致します。


この泰祭が初めて行われたのは、明治10年旧10月20日です。この日教祖様は、信徒から納められた「籾、大麦、小麦、粟、蕎麦、大豆、小豆、胡麻、黍、稗」の十石(十穀)を御神前に供えられて、親神様の日水の御たんせいを感謝されました。これが泰祭の始まりです。

この旧10月20日は恵比須講の日で、商店などでは一年の商売繁盛をお祝いした日です。恵比須講は、恵比須様と大黒様を祭り、二神をあわせて恵比須大黒天とよび、福の神、生産の神として今でも世間の信仰をうけております。

しかし、これに対して教祖様は、この恵比須大黒天を「日々す泰国天」とお開きされ、日々すを親神様の火(日)の恵み、泰国を大地の恵みとあらためられ、万物実りの基となる親神様の日の御たんせいに感謝するお祭りとされました。即ち、それまで物的欲望の祭りであったものを、天地海三十、親神様の御たんせいに対する報恩感謝の祭りにかえられたのでした。そして、「日々す泰国天」の泰の一字をとられて、「泰祭」と名付けられたのです。

本庁における泰祭の式次第は、一般祭典の式次第とほぼ同じでありますが、この中で特別なことは、十穀を神饌として御神前へお供えするということです。十穀とは、先にも申し上げた十種類の穀物のことで、繰り返し記載しますと、

「籾、大麦、小麦、粟、蕎麦、大豆、小豆、胡麻、黍、稗」

です。そして、この十穀は、たとえば相模の国から米、武蔵の国から大麦といった具合に、教信徒の方が一国から一穀を奉作して、都合十の国から十の定められた穀物を奉献することになっております。

このように泰祭は、火水の御たんせいによる実りを感謝する収穫祭で、農業の祭りといえます。しかし又、もう一つ忘れてはならない大切な意味がこの泰祭には含まれております。それは「十国柱=心のものさし(心に対する戒め、守るべき人の道として教えを説かれているところから十国柱という)」にちなんで、自分の心のありようを親心に照らし合わせ、反省し、新たな成長の糧とする祭りでもあるということです。

教祖様のお言葉に、

「一分の心より万十開き」

というお言葉があります。これは、人の一生は、親神様から委任された一分心(魂、生命)を元種にして和合たんせいにつとめ、自分の心を万十(尺の日の丸)にまで、即ち親神様の大御心にまでたんせいする一生であるという意味です。

そして、十国柱の御教えをお説きになられたのは、その人の一生にたいして、たんせいの道を踏みはずすことなく邁進して親神様の御心に近づけるように、大切な心の働き、心の持ちようを十に分けられ、それに心合わせをし、自分の心得違いをなおして万灯開きが出来るよう、宗教倫理、実践道徳の道としておさとし下されたというわけです。

そのようなわけで泰祭は、十国柱の一番上の水穂国(和合、人格完成)の目標に向かって、一年間の心のたんせいがどうであったか、あらためてこの十国柱の教えに照らして反省懴悔し、また成長(実り)を感謝するという心のお祭りでもあるのです。

顧みれば、私達は忙しさにつられて、つい報恩感謝の念を忘れがちにしています。毎日のあたりまえの生活の中に、親神様の日(火)水の御恩を始め、多くの人、物のお陰を頂いて今日があるのですから、この十国柱の教えを通して感謝の心をもつようにつとめたいものです。どうか、今年一年のけじめと、新たな年への誓いを立てるお祭りに、ご家族皆様でご参拝下さい。

教祖祭 毎月30日

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月次祭 毎月15日